2023年11月23日、宮川さんと大阪の高槻病院へ行く日になりました。
14時に助産院で宮川さんと待ち合わせをし、
そこから電車を乗り換えて大阪へ向かいました。
私は、宮川さんと一緒に電車に乗れたことが嬉しくて、
少し遠足に行くような気分でした。
それでも、「どんな診断をになるだろう」という緊張はありましたが、
きっと、大丈夫、と言われるだろうと
思っていました。
乗り換えの電車を待っている間、ホームのベンチに座っていました。
そこから立ち上がった瞬間、私のショルダーバックの接続部が
急に外れ、カバンか傾き、中身が落ちそうになりました。
宮川さんがすかさず支えてくれて、アワアワしながら、
電車に乗りました。
壊れたのかと思って嫌な予感がしましたが、
とくに破損もなく、何かの拍子で外れただけだったので、安堵しました。。
でも何か少し嫌な予感がしましたが、
「こんなことで気にしていたらキリがない」と思って、
宮川さんに整えて病院へ向かいました。
ふとカバンをみると、スマホがないことに気がつきました。
どうやら車に忘れてきてようです。
朝、「今日何時に終わるかわからないから、終わったらメールするね」と
言っていたのに、連絡ができません。
宮川さんに「夫に『マヤはスマホを車に忘れた』とメッセージを
送ってほしい」と伝えました。
その流れで、宮川さんは「享さんやかのちゃんは何か言っていた?」と
聞いてくれました。
「享ちゃんは何も言っていない」
「かのこは、わたしが夜、何時に帰るかわからないというと、
晩ごはんの心配をした。今日はお父ちゃんとおうどん食べに
行っといで、と言ったら喜んでいた」
と答えました。
「かのちゃんにしたら、晩御飯のおうどん屋さんは大事なことやな」と
宮川さんと笑っていました。
電車のなかではたわいもない話をしていました。
宮川さんと一緒に電車に乗る病院への道中は、
妊婦・産婦ではないのに、
大好きな宮川さんを独り占めできる時間。
わたしにとっては本当に贅沢な時間でした。
その頃ん朱茜は抱っこ紐を嫌がったので、いつも腕に抱いてしました。
なので、宮川さんと交代で抱っこをしました。
朱茜はもちろん終始ご機嫌でした。
とくに駅についてから10分ほどの病院までの道のりが、
朱茜にとってはものめずらしくて楽しかったらしく、
私の腕で大暴れをしていました。
腕から身を乗り出すので、私はバランスをとるのにすごく力がいりました。
初めての高槻病院は、
一生来ることがないような、
そんな大きくて先進的で綺麗な病院でした。
紹介状があったので、ほとんど待ち時間もなく、
とてもスムーズにさまざまな手続きを終えて
診察室に案内されました。
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朱茜の頭蓋骨縫合早期癒合症の治療記録は、
母であり治療家としての、成長と学び、
同じ悩みを持つお母さまの参考、そして希望につながればと思い、
残しています。
読んでくださり、ありがとうございます。




